摂食ライブラリ

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私と摂食障害

きっかけは友達と体重を公表しあってダイエット宣言をしたことでした。

当時54キロくらいあった体重からとりあえず50キロ切ることを目標に。 最初は間食をやめたり、ご飯の量を減らしたり、筋トレを始めたり… 徐々に体重は減って目標体重になって嬉しかった。

次はこれをキープしようと思って同じく食事制限や毎日の筋トレ、体重測定を徹底していました。 するとキープどころか体重はどんどん減っていき減ってはキープ、減ってはキープを繰り返し、気づいたら体重は40キロを切っていて、そのころには普通に食事が出来なくなっていました。

毎回お母さんが盛ってくれるご飯は多いと減らし、作ってくれたお弁当も少しずつ残す。料理の脂身や調味料はできる限り削ぎ落す、ちょっとしたひき肉までもよける。カロリーの載ってないものはネットで調べる、8時以降は物を口にしない、体重は毎日測り筋トレも毎日決まった回数行う…

食事一つするにもいろんなことを考えないとだめで、そのことばかり考えるから勉強にも集中できないし、毎回の食事が恐怖で疲れました。

もう自分ではどうにもできない、病院に行きたいとお母さんに頼んで初めて摂食障害という診断を受けました。病院に行けば治ると思っていましたがそれは大きな間違い。結局は自分の意志で食べなきゃ始まらなくて、それが出来ない私は拒食が悪化するばかり。とうとう医療保護入院になりました。

体重を増やすために経管栄養も経験し、ある程度体重が戻ってから退院。 でもすぐに考えは戻らずまたダイエット再開。

結果、入院前よりも減り30キロを切っていました。しまいには低栄養も重なって肝機能障害で緊急入院。点滴治療で身体は浮腫みパンパンになりました。高校の卒業式も無理を言ってなんとか出席。

あれだけ勉強したのに大学受験は入院でダメになる。やっとの思いで肝臓を治してからは精神科に戻って摂食障害の治療。

何度も入退院、転院を繰り返し、今思えば真っ暗な生活で毎日のように泣いていました。

なんとか退院はしましたが拒食脳はなかなか抜けない。でも周りの人にまた入院になるよと言われ「もう入院はしたくない。」という思いから家にあったものを食べてみたのが私の過食の始まりでした。

今まででは考えられないくらい「これも食べていい?」とお菓子やアイスを食べました。お母さんもびっくりして、一気に食べなくてもいいよって言いながらも喜んでくれて。一緒にご飯を食べに行ったり旅行をしたり楽しかったです。

そこから過食が悪化して、0か100でしかものを考えられない、変に完璧主義で変に頑固な私は少しでもお菓子を食べたらスイッチが入って徹底的に食べないと気が済まず、お母さんに当たる日々。そして過食した次の日は断食を繰り返していました。

今まで食べ物にお金を使うなんてもったいないと思っていましたが自分でお菓子やパンを買うようになり過食が止められなくなり入院もしました。それでも過食をしのげたのは一時的でした。

過食嘔吐に移行したのはたくさん食べた後横になったら食べたものが上がってくる感覚を覚えたときでした。

吐き癖だけはつけたくないと言っていた私でしたが次第に吐く量も増え、今では毎日買いものに行き、過食嘔吐。気づいたら拒食症時代を合わせて摂食障害5年目です。

幸い、うちの家族は私の行為を良いとは思っていなくても理解はしてくれていて、ご飯はたっぷり盛ってくれるし一緒にカウンセリングも受けてくれます。

それでも買う量を減らしなさいとかガリガリとかイラっとするようなことを言われることもあります。

わかってはいるけど出来ない、出来たら苦労しない、私の人生は過食嘔吐で成り立っているとまで思うこともあります。

だから今すぐ「完治」という言葉を掲げることはできません。今は私なりに摂食障害と上手に向き合って、軽減させていきたいと考えています。

拒食の時には考えられなかった大学に通うことやバイトが出来ている今に喜びを感じている反面、毎日カショオばかりで生きていて何の意味があるんだろうと思うこともあります。

誰かの役に立ちたい、人に必要とされたい、そんな生きている意味を感じられるようなものを見つけたい。それが摂食障害回復のカギにもなると信じて。

 

この体験談を書いた人
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