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自分に正直に生きること

私は未熟児すれすれの2500g程で産まれてきた第一子でした。母親の極端な心配性(これもおそらく、何らかの精神疾患のひとつだと思います)に加え、母親自身の”幼少期に満足に食べられなかった経験”も重なり、とにかく食に関しては不自由ないようにと育てられました。

第一子、さらに母方の親戚にとっては初孫でもあり、周囲からは愛されて育ったと思いますし、むしろ少し甘やかされたところも否めません。

「ご飯はどんどんお食べ」という家庭でした。

運動神経は悪く、運動は嫌いで基本的には塗り絵や本を読んで遊ぶような子でした。

食べることも元々大好きでした。

私は、母がされて嫌だった(らしい)、「お姉ちゃんなんだから」「女の子らしくしなさい」という育て方を一切されなかったので、例えば給食の時のおかわりじゃんけんなど、男子に混じって平気で参加してるような子でした。

私は他人と比べると何もかも遅い人間で、自分が何か周りと違うことに気づいたのは小5の時でした。

それまでもなんとなくあった違和感ですが、はっきり健康診断に「肥満傾向」と書かれた時、太っているということを自覚しました。

母親はこれにショックだったみたいで、ヘルシーなご飯に切り替えてくれたおかげで、翌年の健康診断には正常の範囲に戻りました。

しかし、いわゆるクラスの人気者や、運動できる子と比べるとやはり太っていたと思います。

この頃から、自分の写った写真にも違和感を覚えるようになりました。腕がなんか太い。脚の形が〇〇ちゃんと違う、服がなんか変…。

今考えると、自分の中で作りあげた「自分」という像とあまりに乖離してたのだと思います。

テレビの中で見るモデルや女優等と、私は同じなのだと思っていました(今考えるとなんとおこがましい…)。

私は「気づくのが遅い人間」なので、「自分像」との乖離にショックを受けていたことに気づいたのは中学生になってからでしたし、これらが雑誌を見たりダイエットしたり等の努力でどうにかなること、またこれまでクラスでなかなか他の人と打ち解けられず、果てにはいじめにまで遭ったのは、太っていて運動ができない、洒落っ気もない、というクラスのカースト最下位にいたからだ、ということに気づいたのはなんと高校生に入ってからでした。

さらにその努力をしようとしたのは大人になってからです。故に、発病も一般的な女性とは少し異なっていると思います。

中学までの私は先生や親からの評価は良く、いわゆる「いい子」でした。

自分が人より太っているということを多少は気にしていましたが、まぁまぁハイレベルな部活と、県内トップの高校に入るための勉強を両立させることで精一杯でした。

「私は部員の誰よりも練習しないといけない」「学年順位は〇位以内でなくちゃいけない」と常に思っていました。この頃から、完璧主義の片鱗があったのだと思います。

ただ、それも今思えば、「顧問の先生に評価されたい」「お父さんとお母さんに褒められたい」という一心で、自分の本当にやりたいことか?と聞くと疑問符がつきますが…。

これが崩れたのは高校入試に失敗した時。模試ではずっとA判定で、合格確実だったにもかかわらず入試傾向が変わりすぎて動揺し、5点足りず第一志望校に落ちました。

「もう浪人する」とまで言っていたのを今でも覚えています。 結局後期選抜で受かった2ランク程下の高校へ。ここで、私の勉強に対する強迫観念は崩れてしまいました。

摂食障害の方にありがちな、「0か100か」思想がこの時からあったんだと思います。私の情熱は、勉強と部活から、部活と恋愛にシフトしていきました。

高校生の時にお付き合いした人の1人から、ひたすら脚について嫌味を言われ続け、元々持っていた脚へのコンプレックスがより酷いものになりました。

部活で黒いチノパンをはかなければならなかった時に、母親と買いに行った時に泣いてしまい、母を困らせてしまったのは今でもはっきり覚えています。

ただ、高校の部活(吹奏楽)は本当に強いところだったので、練習漬けの毎日でダイエットどころではなかったというのもあり、食に関しては健常でいられた記憶です。親がきちんと栄養のあるものを作ってくれていた影響もあるかと思います。

よく聞く「引退しても食欲が戻らず…」というのも、私は部活がそのまま大学入試につながり(実技のある大学に行きたかったため)、ずっと部活をしているのと同じような感覚だったため、高校生は無事にそのまま卒業しました。

大学では勉強=音楽だったので、好きなことをしていたら自然に単位が取れるし先生からも評価される!という素晴らしい環境で、ふたたび優等生キャラに。ただ、格好はギャルでしたが。笑

大学での体型に関する嫌な記憶は、キャバクラで働いていた時の面談で、「〇〇はキャバ嬢にしてはちょっと太めだから、もう少し痩せたら指名もっと取れるよ」と言われたこと。

確かに私は当時BMI21~2の標準体重ドンピシャくらいで、いわゆるお水系の女性の中では太っていると思います。

ただ、こう言ってしまってはあれですが、私は学業第一で、正直アルバイトの為にそこまで注力するキャパシティがなく、程々に生活費が稼げればそれで良かったというのが本音です。

今思えばどこかで傷ついていたのですが、授業が本当に楽しかったことと、当時思いっきり素を見せても愛してくれる彼氏がいたため(相手の家庭事情で別れてしまいましたが)、そこまで気にせず受け流せていました。

摂食障害と戦うことになった最初のきっかけは大学卒業後に就職し、いわゆるブラック企業に入社したことです。

典型的な、終電が定時(当然サビ残…後から労基行ってちゃんと貰いました。笑)、成績悪ければ罵声の全社会議、などなど。仕事内容もかなり性格に合わず精神的にやられ(人前で話せないタイプですがそれが仕事…)、最終的には身体の不調で辞めました。

2年間いた会社ですが、最初の1年で10kg(恐らく、途中からはかるのをやめました)太りました。

その時の症状は過食。女性にしては珍しいかと思いますが、体型、体重について多少は気にしつつも強迫観念にとらわれるほどではなかったので(そこまで余裕がなかったとも言える)、今考えると過食性障害(むちゃ食い障害、男性に多い)だったかと思います。

その頃は満腹が癒しでした。過食とも思っておらず、とにかく好きな物=高カロリーなものをずっと食べていました…ご飯はもっぱらコンビニか外食(ガスト、牛丼等)。他、コンビニスイーツ、惣菜(唐揚げ等高カロリーなもの)、お菓子、マック、ドーナツ、スタバ、などなど。

その会社を辞めた後、ストレスからの解放と打ち込める趣味を見つけ普通の食事に戻ったことと、次の仕事までのつなぎとしてポスティングのアルバイト(自転車)を始め、自然にするする5kgくらいは戻ったと思います。

その後、その趣味関係で好きな人ができ、その人がスレンダーが好みとのことでちょっと拒食気味になり、その時点でのmin更新しました(といってもBMI21程度で、その後すぐ失恋したのでキープはできず)。

次の仕事が決まりすぐに彼氏ができ(今でも色々思い返してしまう程支えられたし、大好きでした…)、仕事も向いてた仕事内容ということもあり充実感からその2年数ヶ月はほぼ普通の食生活が送れていました。

その彼氏にも数年して振られてしまいましたが、職場環境が良すぎて再発することもなかったです。

その後その会社が倒産寸前になり、転職を余儀なくされ、趣味関係でのコネでスポーツジムの社員に転職しました。

ただ、私は元々全く運動ができず、また私のやっているスポーツ(マイナーなので特定回避のため具体的には伏せます)は軽量化こそ正義(軽ければ軽いほど有利)という価値観があり、入社したはいいものの「社員でこれくらいできないのはちょっと…」という無言の圧力の元、好きなことを仕事にしたこともあり「痩せたら強くなれる!」という気持ちで、ダイエットというより減量という気持ちで体重を落とすことに取り組みました。

運動は既に取り組んでいたので、あすけんという食事管理アプリでいわゆるレコダイにチャレンジ。これが大成功で、するするとまた8kg程は減量しました。

そうなるとスポーツの方もぐんぐん上達し、常連のお客さんからは「1日1kgくらい痩せてってない?大丈夫?」と心配されるほどでした。

この頃はまだ、筋肉量も上げた上でしっかり1日2,400kcal摂食しながらも痩せていっていたし、食や体重に関してそこまで異常なこだわりはなく(マックやサーティワン等普通に食べてました。

禁止なし、食べすぎたら翌日調整、数キロは誤差!と思えていた。等)健常者に近かったと思います。要は「スポーツが上達して健康ならなんでもいい」と思ってました。

この頃は、常連のお客さんともスタッフとも仲良くやれており、また大好きな彼氏もできていて、更に都会から自分の出身地にほど近い田舎の生活だったこともあり、とても充実したほぼノーストレスの日々でした。

本格的に摂食障害になったのは、その後です。 最初に配属された先の店舗が、経営不振のため閉店することになってしまいました。

新規配属先はまた都会…。私はその頃パニック障害で満員電車に乗れないようになっていました。が、都会で車を所有するには収入がなさすぎたので、泣く泣く車は手放すわ、タイミング悪く彼氏にも振られ、新店長は全く反りが合わない。

後に職場いじめ、パワパラとも言えるほどのことをされました。いつからか、逃避のように食べ物のことばかり考えるようになっていきました。

休みの日は一日中料理してるか、食べ放題に数時間かけて歩いて行く(その後スポーツしてなんとか消費しようとしてました)。

ドン・キホーテや西友で安いお菓子やカップ麺を買いだめ、コンビニの新作パンは全部買う。

暇があればデリッシュキッチンを見る、食べ放題の情報、レシピ検索、フードファイターの漫画を読む、等今覚えてるだけでもこれだけのことをしてて、仕事以外の全てを食に支配されていました。

一応仕事は変わっていないので、スポーツができなくなるのはまずいとあすけんは続けていましたが、ベッドで気づいたらお菓子の空の山がわんさか…ということが週一、2日に1回、毎日、となる度に、最初は「カロリーの前借り」と称して、1日摂取量をオーバーした分は翌日につけて、翌日分を減らそうとしていました。

しかしそれも、もう何日分前借りしたか分からない程になり、つけるのを辞めるようになってしまいました。

途中までは、前借りすることで自分で自分をコントロールできていると思っていましたが、あすけんを辞めてからは一気に非嘔吐過食が加速し、筋肉もあったのに+10kg(はかってないので推測ですが…Maxかそれに近かったと思います)。見た目は相当パンパンだったと思います。

店長からの職場いじめ、パワパラの他にも、当時広報で店舗のInstagramに出なければいけないというストレスもあり(元々そういうのが苦手なことに加えどんどん太っていっているのに、断れないのがストレスでした)、過食が止まりませんでした。

それでもその時はまだ「運動で落とす!」と過活動もしてました。仕事のスポーツはともかく、休日に2~4時間かけて食べ放題のお店まで歩く、定期が切れてからは片道2時間かかるのに歩いて通勤など。

この頃は一人暮らしでしたが、たまに友人を泊めたり家族が田舎から遊びに来たりすることもあり、その時に大量のお菓子を隠す行為もしていました。

余談ですが、後に母に「いや~あの時の精神やばかったよねー、お菓子とか大量に隠してたし」と冗談めかして言ったところ、私の部屋を掃除してくれてた母は気づいていたらしく「あれは本当に心配した」と言われました…。

当時は何も言われなかったので、母も母で溜め込んでしまっていたのかもしれません。

ただ、当時指摘されていたら絶対に泣きわめいて怒り散らしてしまったと思うので、見て見ぬふりをしてくれていた母にはとても感謝しています。

当時摂食障害の自覚はなく、どちらかというと「お風呂に毎日入れない、歯磨きすら毎日できない(秋~春先だったので香水とマスクでなんとかしていました)」「出勤して帰る、食べる、過活動、だけで他はなにもできない」「何もしなくても涙が出る」等、鬱っぽい症状の方が気になっており、東京での生活に限界を感じ、田舎(通勤不可)に帰ろうと決意しました。

その決意の矢先に、今の夫から告白され付き合うことに。さらに、退職がはっきりしてからプロポーズもされました。正直、お付き合いは続けたいけど、結婚はもう少し考えたい…とは思いましたが、嫌われたくなくて受けてしまいました。

相手の勤務先は東京でしたが、私が「私は田舎で生活がしたい」という言葉に対して「俺もそうできたらいいなと思っている」をまともに受けてしまい(結婚後にようやくはっきり「俺も田舎の方が好きだけど仕事辞めたくないから無理」と聞けました。結婚前に教えてくれたら良かったのに…)今となってはこれが摂食障害をより重くすることになってしまったので、自分の意見をはっきり言えなかったこと、今後の人生についてきちんと確認しなかったことをすごくすごく後悔しています。

少し会社から引き止められつつも、夏に無事実家へ帰りました。

実家では、パニック障害・鬱・(無自覚でしたが)摂食障害の症状は驚くほど出ませんでした。あすけんも再開し、カロリーの前借りをせずともきちんと毎日管理できるようになっていました。

もちろん体重も落ち、あすけんを始めてちゃんと落としてキープしてた頃まで落としました。

家族と過ごすのが本当に楽しく、日に日に東京に行きたくない、彼氏もそんなに好きじゃないかも…違和感があるし、結婚したくない、という気持ちは強くなっていきました。

しかし、両家両親にも結婚すると挨拶を済ませてしまった手前、迷惑をかけてしまうと思ってしまい、どうしても「結婚やめる」とは言い出せませんでした。

諸事情あり、同居より前に籍を入れました。入籍後の数ヶ月の別居期間は、家族と過ごすのが幸せな反面、夫とはどんどん冷えきっていきました。

籍を入れた途端、人が変わったかのように理詰めで責め立てられるようになり、東京で一緒に過ごす時間は、移動がしんどいことを言い訳にしてほぼ寝て過ごすようにしていました。

最終的にはLINEが来るだけで身体が強ばるようになってしまいました。

それでも、両親があんなに動いてくれたのに同居もせず離婚するわけにはいかない!となぜか背負い込んでしまい、去年の末にまた上京。

すると、上京した途端、ほとんど何も食べられなくなりました。

体型を気にするとかそういうことではなく、ストレスで、ほとんど食べられない。食べても吐く。

特に夫が家にいる時は、水すらきつかったのを覚えています。なんとか食べられたのは、父母が上京する時に持たせてくれたお菓子と、何もつけず焼きもしない食パンと、果物くらい。

あと、大好きな友人との食事は普通にできていました。ただそれ以外は胃に食べ物があると気持ち悪くて、1日に多くても600kcalが限界でした。

それなのに運動は普通にしており、消費カロリー>摂取カロリーがほぼ毎日。当然体重は激減、人生最低値を記録しました。

体型をそこまで気にしていないとはいえ、この時ばかりは、友人と会う以外の、この頃で唯一のプラスの感情でした。 夫のモラハラのような行動・言動が我慢の限界に達していたので、当然離婚してほしいと申し出てはいましたが、なかなか応じてもらえませんでした。

しかし、年末に両家の実家に帰った時、彼も田舎に帰って少し態度が柔らかくなり、謝罪をされました。

波風を立てずに済むなら、好きでなくても生活していけるのなら親に心配をかけずに済むから、と再建の道を選んでしまいました。

食事の方は、年末に一緒に行動せずまず1人で自分の実家に帰ったところ、驚くほどきちんと食べることができました。夫がいない。大好きな田舎。ちゃんと愛してくれる家族がいる。それがこんなに身体と心に変化をもたらすものかと驚きました。

しかし、問題は義実家に行った時です。義父母は「なぜこの親からこの子が育ったのか」と思うほど常識のある優しい人達で、それ故にもてなしとしてたくさん食べ物を出してくださいます。

いまままでの食生活で胃はマックスに縮んでいましたが、食べないわけにはいかず…。

どうしても夫がいると食べ物が気持ち悪くて、お酒を理由に吐いてしまいました。

今思えば吐きぐせがついてしまったトリガーはこの時だったかと思います。 東京に戻り、一応体裁としては仲直りをしましたが、疑心暗鬼の日々は半年経った今も続いています。

毎日言われる理の通ってないいちゃもんに、裏垢での愚痴、ナチュラルモラハラ発言。会話する度に否定され、共感は得られず、意見は割れてばかり。話すのも疲れるようになっていきました。

年明けからは、完全に過食嘔吐になってしまいました。食べ物を受け付けるようになってしまった胃に、今まで通りのストレス発散として過食。

でも、食べすぎたら「せっかく」最低値を更新したのに、また増えてしまう…。ここに、私の完璧主義な性格が出てきてしまいました。

ついに、お酒なしで、自己誘発で吐くようになってしまいました。

ここで、いまさらなのですが、幼少期からの私の今までの体型・容姿に関するトラウマが全部集約されて重くのしかかってきました。吐く時も、そのことを考えると本当によく吐けます。

「痩せたら、可愛くなったら、今まで私をいじめた人たちも、私を馬鹿にしてきた人達も、私を振った人達も、見返せる。」そう考えて今までより一層「減量」に励むようになっていきました。それがいつしか、「私は(夫と違って)ちゃんと体重コントロールできてる。

結婚したからといってぶくぶく太らない。」「私は体重をきちんとコントロールできなければ価値がない。」と、どんどん強迫観念のようになっていきました。

さらに、タイミング悪くコロナの影響で、5月から就業先から自宅待機の要請が…。

やらなきゃいけないことを先延ばしにしてでも、平日の夫が仕事に出ている間、ほとんどを過食嘔吐に費やしました。

また、週末は出かけていることの多かった夫が、ステイホームの影響で家にいるようになったことでストレスが爆発的に増えたこと、唯一の心の支えにしていたGWの実家への帰省がコロナの影響でダメになってしまったことも、過食嘔吐を加速させる要因になったと考えています。

今は、とにかく離婚するために動こう、と頑張っているところです。

なかなか過食嘔吐に苛まされる日が多く、いつになるかは分からないのですが、私の場合は、実家に帰れば摂食障害が絶対に治るとまでは言いきれなくとも、軽くなるのは間違いないとわかっている。

結局自分は何がしたかったんだろう?とか、私のやりたいことって、実はないのではないか?とか、実家に帰ったあとのことを考えると少し怖いのですが、日々悪化している摂食障害をどうにかしなければならないことだけは確かで。

それまでは、ストレス発散の捌け口として、摂食障害とうまく付き合っていかなければならないなというのが、私の現状です。

これを読まれている方で、まだ摂食障害になっていない方、軽度の方。どうか、自分の気持ちに嘘を重ねないで生きてください。

正直に、嫌なことは嫌と言ってください。なかなか難しい環境の方もいるとは思いますが…

でも、一時の勇気で、その後の自分を救うことができると思います。

私は、自分を偽り続けて結婚までしてしまった結果、かなり急ピッチで摂食障害が悪化していきました。

平穏な日々のためにと偽ったことが、自分の首をしめることになったのです。どうかこうはならないでください。

ここまで読んでくださってありがとうございました。

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